肩こり・腰痛・ヒザの痛みなどイヤな痛みにお悩みのかたに
078ー917ー8201
受付9:00〜12:30 14:00〜19:30
その頃私は、結婚式場でアルバイトをしていました。当時私は、強い腕っぷしに憧れをもっており、そのときも、「腕の力だけで、ビールケースを持ち上げる」という今思えば、顔面蒼白ものの荒行を日課としていました。 いつもどおり、2ケース3ケースと積み上げていった次の瞬間・・・!
「#$%@&・・・!?」
声にならない悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちました。ものすごい痛みが腰を襲い、何が起こったかわからず立ちつくす・・・こともできません。もちろん動くこともできず。パニック状態の中、なんとか目に見えた数メートル先にあるイスに這っていき、倒れるように体を預けました。 その後、社員の方に発見されて日曜日でしたので近所のたまたま開いていた外科に運び込まれました。余裕がないのと知識がないのとで、その時はピンとこなかったのですが、人のよさそうな老医師は今思えば「ヘルニア」の説明をされたように思います。今書いていて自分がヘルニアといわれたことがひどく不思議な気がしています。
その日は湿布を貼って帰されました。ギックリ腰には安静と冷却が一番。もちろん今では理屈として分かるのですが、その時の私は、「こんなに痛いのに、これで終わり!?」と足引きずりながら釈然としない思いで帰った記憶があります。 20才の腰痛原体験でした。
20才のときのギックリ腰から非常に気をつけるようにはなったのですが、それでも1度やってしまった腰はもろくなるもの。疲れがたまったりしてくるとたびたび一触即発の危険な兆候が見え隠れしていました。そしてその1年後、階段を上ろうとした瞬間にかなり嫌な痛みを覚えた私は、1度近所で評判の接骨院へ行ってみました。
初めて訪れたその空間は人、人、人。たっぷり1時間は待ったでしょうか。ようやく通された施術室では、ベッドかズラーツと並びここにも人、人、人。見慣れない機械が所狭しと置かれたそこは、当時の私にはまさに異空間で、その空間の真ん中にはメガネ姿のにこやかな先生が、手首にリストバンドをはめながら汗だくで次から次へと治療に励んでおられました。
「今日はどうしたの?」すごくパワフルな先生の問いかけに、少しドキドキしながら状況を話すと「じゃあ、ちょっと動かしてみてーあ〜こりゃひどいね。じゃそこに寝てみて。」すぐ目の前のマットの上に支持されたとおりに横たわると先生が密着して「力抜いてね〜・・・よいしょ!」グイッと一瞬力が加わり、瞬間びっくり!しかしそのあと「一度動かしてみて」といわれたとおり恐る恐る動かしてみると、体が滑らかに動く!効果にびっくりしたまま、2〜3分の治療を終えて電気治療に通されて帰宅しました。3回も行くと腰の痛みはどこかに消えてしまいました。以降、そちらの接骨院にはお世話になっておりませんが、不思議な初めての「手技療法体験」でした。同じ業界に入った今、もう一度この先生にお会いしてみたいなあと思っています。
私の父はスポーツ関係の仕事をしていました。そのため体に関する探究心が強く、仕事とは別に「気功」を勉強していました。自分が職業としてその道を進めなかったためか、事あるごとに私を実験台にして気功を行いながら「お前はこの道が向いてるからこの道に進め」と勧めてきました。高校卒業時、大学卒業時と機会があるたびにいわれてきたのですが、「親に進路を決められるなんて」とことごとく反発そいてきました。にも関わらず、今この道を選んで歩んでいるのはある意味定められていたのかと思われます。結果的にこの道に導いてくれた父には感謝しています。
大学を卒業して3年、某大手うどんチェーン店に就職して忙しい日々を送っていました。小さいながらも1つの店の店長となり、休みの日に叩き起こされて出勤したり、お客さんにからまれたり(そんなお客さんが多かったのです)、やりたいことがあっても制限が多かったりといろいろなフラストレーションがたまってくるうちに「人に振り回されずに、腰を据えて人と向き合う仕事がしたい」と思うようになりました。バタバタとお客さんの顔も見ずにする仕事よりも、人とじっくり接することができて密な関係になれる仕事がいい。そう思いを巡らせていくうちに以前のギックリ腰体験を思い出したどり着いたのが今の仕事です。
そして退職して数か月、「日本メディカルカイロプラクティック専門学院」に入学して整体師の門を叩いたのです。
学校に入学して初めはまるでチンプンカンプンだった勉強に四苦八苦しながら、並行して学校直営の治療院で臨床経験を重ねていきました。右も左もわからない頃から患者さんに施術補助という形からでも接することができたことはとても感謝すべきことでした。
そして学校を卒業してしばらく治療院に勤めた後、16年5月に朝霧の地に「朝霧整体院」を開業しました。じつは初め朝霧はまったく頭になく、明石、大蔵谷、垂水、舞子、神戸、六甲、御影などを中心に物件探しをしたのですが、どれも首をひねる物件だった中、この場所を見たとき「ビビッ」と直感が走り、不動産屋さんに走りました。「おれはここで開業するんや」という興奮は今でも忘れられません。
そして朝霧整体院としてのスタートを切ったのですが、初めはほんとうにいろんな症状を持った患者さんがこられました。一般的な肩こりや腰痛から、不眠・手の震えなどの原因不明の症状まで。じっくり書籍を調べたり、教わった先生などに相談をしたりして対応をしてきました。
整体やカイロというと「魔法のように痛みが取れる」というイメージがありますが、実はしっかり状態を観察して、じっくり話に耳を傾け、しっかりと触れて感じ取り、言葉で改善の方向へ導くという五感を研ぎ澄ませて行う極めて「泥臭い」ものなのです。そんなやりがいのある仕事を私は愛しています。
研究・臨床を重ね、笑顔で帰っていただく患者さんはどんどん増えてきました。それでもこの世界はまだまだ奥が深い。現状に満足せずに、私のモットーであり理想でもある「来られる方すべてを笑顔で帰す」を実現すべくこれからもがんばってまいります!