明石市の朝霧整体院 施術者紹介



院長カワサキとはどんなヤツ?




生年月日:昭和51年3月29日生まれ

血液型
:B型

家族構成:ほがらかな大阪人の妻
     世界一かわいい(私観)娘ゆめ
     酒飲むとえらく陽気になる父
     「面白いお母さんね」と何かと言われる母
     万事にソツのない姉

スポーツ歴
:中学、高校とバスケットボール部。技術よりも足とズルさで勝負していました。

愛車:ホンダのフィット。運転は不得手です(キッパリ)。

好きな筋肉:大胸筋、上腕二頭筋、僧帽筋の男の憧れ筋肉三点セットです。あ、腹直筋もか・・・

好きな食べ物:焼き鳥!好きな部位はこころ。左手に焼き鳥、右手に生ジョッキ。顔には満面の笑みが。

好きな言葉:「自分に起きることはすべて自分で解決できる」今の私を支えている言葉です。




・お酒が入るとツッコミに手が入る
・毒舌を少々はくが、自分は打たれ弱い
・「最近若い女の人が皆かわいく見える」とのたまう
・中学時代美術の先生に「すばらしい絵だねえ!」と絶賛をいただき通知簿で2をもらって、一時期人間不信になった。
・コーヒーもお酒も飲むが味はよくわかっていない
・新婚旅行で行った沖縄の素晴らしさがいまだに忘れられない
・癒し系とはいわれないが、和み系と言われ、そのニュアンスの違いがよく理解できていない
・何歳までマクドナルドに行くのだろうと思っている
・「娘を他の男にはやらん!」というセリフが最近何となく共感できる
・市川染五郎・佐野史郎・中村橋之助・石井一久・スピッツのドラムの人。似ていると言われた著名人です。
・中学時代丸坊主の学ラン姿で宗教の勧誘のおばあちゃんに「大学生?」と言われた
・河島英五の「時代おくれ」のような男性に憧れている。でも絶対に自分のキャラじゃないとも自覚している


明石市の朝霧整体院 院長カワサキ一家
                         

朝霧整体院ストーリー




それは私が20歳の頃の話です。当時の私はもちろんピッチピチ(死語)の学生で痛みなんかとはもちろん無縁で、体に関する知識も皆無!!でした。そんな時、アルバイトでビールケースを大きな冷蔵庫から出し入れしていると・・・突然腰から力が抜けてその場に崩れ落ちました。「あれっ!?」と思いもう1回立とうとすると今度は筆舌し尽くしがたい痛みが・・・これはやばい。立てないどころか動けない。数m先に見えたイズに這うようにしてたどり着いたものの、そのイスに座ることもできない。当然仕事をその後続けられる訳もなく、社員の方に担がれてハタチの私は屈辱的な姿で救急指定先の外科病院へと向かったのでした。



向かった外科では説明はしてもらったのですが(今思うとヘルニアの説明でした)特に治療もなく湿布をしてもらったくらいで帰されました。こんなに痛いのに湿布で治るの!?湿布でそんなにすごいの?とそのとき思ったのを覚えています。これを機に私はその後不定期にギックリ腰を起こす「腰痛持ち」になってしまったのでした。そして何ヵ月後かにギックリ腰になったとき、すすめられて近所の接骨院に行くことになりました。これが私の初めての「手技療法」体験でした。通されると何台も並んだベッドにご年配の方が寝ておられて電気治療をされていたのがその頃の私にはすごく新鮮な異空間でした。圧倒されているうちに、中年のメガネをかけてハキハキと見るからに元気な先生に「ギックリ腰?どこが痛いの?」と声をかけてもらいました。よくわからないまま体を曲げたり伸ばしたりした後に「フン!」と腰のあたりをグッと押されました。その一瞬の出来事に「ええ!?」とビックリしてしまったのですが、その後確実に痛みが楽になっていました。その後言われるがままに案内された電気治療のベッドの上で「あれは何だったんだろう?」と魔法にかかったような気分でいました。


明石市の朝霧整体院 院長カワサキ
社会に出て外食産業に就職した私ですが、思うところあって3年で退職することに。気づいたらこの業界にたどり着いていました。・・・というよりも父の洗脳(?)があったのかもしれません。私の父は気功を学んでいて、中学くらいからことあるごとに私に「おまえは人の体を扱う仕事が向いてる」とか言ってきてたんですね。ずっとあしらってきてたんですが、ここで無意識にアンテナがこの業界に向いたのは長年の言い聞かせが効いたのでしょうか。でも「もっと人と密にじっくり向き合える仕事がしたい」という私の欲求にもマッチした仕事であることは確かでした。そして25歳でカイロプラクティックの専門学院に入学を果たしたわけです。入学式の帰りに電車で大量にもらった教材を開いてみると、意味不明で難解な言葉ばかり。本を閉じて「おれ、やっちゃったかも・・・」と一瞬後悔を覚えたのも今ではいい思い出です(笑)



チンプンカンプンで不安いっぱいだった入学当初でしたが、体を触りだすとその面白さに引き込まれ、インターンスタッフとして勉強と同時に臨床の場に身を置くと、すばらしい先達の先生方にたくさんのことを教えていただきました。現在でも知識と技術と人間性を兼ね備えた先生にいろいろ相談に乗ってもらったりしています。そうして大阪の付属治療院で施術の腕を磨いていって、平成16年の5月に「朝霧整体院を開院することができました。たくさんの数え切れない方にアドバイスをいただき、導いていただいたご縁の結晶が当院かと思います。



現在(平成23年5月1日)丸7年を迎え、地域の皆様に支えられて、おかげさまで順調に延べ1万人以上の皆様にご来院いただいております。私の尊敬する治療家の先生の言葉に「治療家の本質は痛みを取るのではなく感情を変える」というものがあります。痛みを取るのはもちろん大切だけれど、それにとらわれていては根本的な改善はできない。「痛くてつらい」「もう治らない」「こんな体は嫌だ」という負(マイナス)の感情が体を蝕みます。私の施術・姿勢・言魂によって正(プラス)の感情に変わったらー現時点での痛みだけでなく、院を出た翌日からの生活も変わっていくでしょう。私の究極の目標は「人生が変わる整体院」です。当院に来院され私たちと触れ合うことで、あなたの人生が希望・光・楽しみ・喜びに満ちたものになる。そんな治療院や施術家を目指してこれからもがんばってまいります。

※長文お読みいただき、心より感謝致します

                          平成23年5月1日 朝霧整体院川崎省吾








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